私は長らく極端な「あがり性」でした。元々引っ込み思案な性質に加え、特定の人と過度に親密(ベッタリ)になることで、その反動として、突然突き放されたり、関係が変化したりすると、極端な緊張に襲われました。頭が熱を持ち、全身から汗が噴き出し、まるで「本当の自分」が露呈し、危機に瀕したかのような感覚でした。この激しい消耗の末、私は他者から距離を取り、孤立することも少なくありませんでした。
過去の断絶と自己否定
この自己否定は、人間関係にも影響を及ぼしました。私は「自分を変えたい」という強い願望から、進学などの機会を利用して、それまでの友人との連絡を意図的に絶ってしまうという行動を繰り返していました。ベッタリ仲良くしていても、自分自身が嫌いなあまり、環境を変えることで「新しい自分」になれると信じたかったからです。
この長い期間を経て、私は相手の目を見て話すことすら困難になり、パソコン作業中に他者に見られると手が震えるほどにまでなっていました。
変化の始まり:小さな一歩と気づき
そんな私にも、変化は比較的矢継ぎ早に訪れました。
まず、対人恐怖を克服するため、私は「練習」を始めました。喫茶店のレジの店員さんの目を見るという、まことに勝手ながら小さな挑戦からです。これを続けるうちに、次第に目を見て話すこと、また、目を見られることに対する抵抗感が薄れていきました。慣れとは恐ろしいものです。
次に、手の震えについては、意外な気づきがありました。仕事で全くあがり性に見えない同僚が、似たような状況で手が震えているのを目にしたのです。これを機に、私自身の震えに対する意識が変わり、気にならなくなったことで、実際に震えも治まっていきました。
「適切な距離感」の発見
そして、表題の「適切な距離感」の発見が、大きな転機となりました。
子供の頃は、誰もが狭い人間関係の中で生きています。その狭い世界での仲良し、仲違い、疎遠といった経験は、成人し、職に就いてからも私の場合はたいして変わりませんでした。
しかし、全く異なる業界に転職し、そこですべてに真剣に取り組んでみることで、私は内面から変化していきました。
「もう、何者かのふりをしなくていい」「これでいいや」と思える自分になるために。
この自己変革の中で、私は、あまりに近すぎた人間関係の距離感を、少し「ズームアウト」したほうが良いことに気づきました。そして、それは「本当の自分」を隠すことではないと理解したとき、心がとても楽になったのです。
大人の実感:あるがままの自分を受け入れる
この発見以来、極端なあがり性も、激しい緊張も、また他人に対して怒りを感じることも少なくなりました。
「これで良い。これじゃない本当の自分なんてない」。
心からそう思えたとき、私は初めて大人になったと実感しました。それは、他者に合わせてベッタリとくっつく近すぎる距離感でも、極度に恐れて絶ってしまう遠すぎる距離感でもなく、あるがままの自分を受け入れ、他者との健全な距離を保てるようになった瞬間だったからです。


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